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チョッと前の話

こんにちは。 播磨地方で輸入住宅を扱っています、スウェーデンホーム場長です。
最近、西播磨の仕事が多いです。 赤穂、上郡、佐用っていう辺りです。

僕は播磨でも、中播の浜手ですし、母方も広畑、伊伝居。 父方も飾磨、香寺なので、
あんまり西播磨の方は縁がありませんでした。

でも波乗りをする様になって、佐用を経て鳥取に出て行くので頻繁に通るようになり、
妙に親しみが湧いてきて…。 又、他界した義母の里が佐用なのもあり、義理の叔父や
叔母が沢山住んで居られたり、息子がこの辺りの学校なので余計に親しみが湧き…。

先日も、お客様宅にお邪魔させて頂いていたのですが、15時に赤穂、18時に上郡だったので
時間を潰しながら、以前から波乗りの道中に時々前を通る、白旗城を覗いてみました。
白旗城
とは言うものの、400Mの山の上なので下から見上げただけですが…
北方謙三先生の、悪党の裔でも出てくる名城です。

城主 赤松円心 が足利尊氏を九州へ逃し、追討してくる新田義貞軍を50日間
この城に釘付けにし、尊氏の天下に大いに貢献するわけです。

白旗=源氏の御旗であり、源氏=足利尊氏に見方すると言う意味なんでしょうか?
まあ、追討してくる新田も源氏ですが…

結果、播磨の悪党 赤松円心や足利一党は摂津湊川に新田、楠軍を破り、建武の親政を打破します。
その後、足利尊氏より二引両紋を賜り赤松の紋とします。

で、僕のご先祖もどうもこの赤松一党のようで、飾磨の都倉村に地頭として赴任し、
以降、都倉姓を名乗っているようです。
ですから、本来は所縁の有る地なんですよね。

この辺を波乗りで通るようになってから思うのですが、山陰に抜けるには非常にアクセスが良く
又、岡山にも抜けやすい。 昔は交通の要衝だったんでしょうね。
又、金出地なんて地名もあり、鉱山があったのかもしれません。

太古にはこの千種川の水域で水稲耕作されていたやも知れず、吉備、大和、出雲の合流地点で
街道だったのかも知れません。

戦国時代には、もう少し先の上月城で織田、毛利の一代決戦が行われています。

注文住宅の営業は、その土地土地の風土や歴史に触れることができて、ナカナカ素敵です。
頑張らないと。

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昨日、垣間見た歴史

おはようございます。 スウェーデンホーム場長です。 昨日は波乗りに四国に行ってました。
secret_20130627102841.jpg
朝は、メジャーポイント生見で入り、その後、宍喰。 豪雨の中のサーフィン…
その後、シークレットに行きましたが、波なし… 

で、帰り道(四国~鳴門大橋~淡路~明石大橋~バイパス)に淡路を覗いてみました。
その帰りの道で、とあるナビを見つけました。

淳仁天皇陵です。 あれ? どうして天皇陵が淡路に? と思いまして…
junninn tennnou
淳仁天皇は、天武天皇の息子、舎人親王の息子で、孝謙天皇と重祚して称徳天皇に成る間の
天皇で、高校の歴史では、道鏡に絆されて重祚する程度にしか習いません。

でも実際は、聖武天皇の死後の光明皇后、その娘の孝謙天皇、それに混ざる藤原氏
(光明皇后の親は藤原不比等、兄弟は藤原4兄弟)、道鏡、あとは、遡って
天智天皇と天武天皇の血肉の争いに端を発しています。

淳仁天皇は天武系で、この頃は天智系天武系が入れ替わり立ち代り… 最終、桓武天皇
(天智系)で落ち着くのですが… 深い兄弟の怨恨に皇族に取り入る勢力争い…
今も昔も同じと言えば同じですが…

で、淳仁天皇… は孝謙天皇(上皇)の後押しや、恵美押勝の乱で、権力の犠牲になり、
最後は淡路に流罪… で、淡路に御陵があるようです。

疫病や、権力争いなどが横行する中、聖武天皇は東大寺大仏造立の詔を発しますが
結局、藤原氏の台頭で一旦落ち着くわけです。

僕の私淑する弘法大師空海も桓武~嵯峨の時代に活躍刷る訳ですが、嵯峨に気に入られた以外
政治的争いには一切加わりません。 高野山も自ら民間の力で建てますし…

フラッと寄った場所にある歴史の横顔… それはそれで楽しいですね。
さて働こう!!


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丹波の国

こんにちは。 スウェーデンホーム場長です。 先日、友人が忍城に行ったと言う話が
フェイスブックにアップされていました。 で、お城の話と思い…

スウェーデンホームは商品が独特なので気に入って頂くと結構遠方でも施工を
させて頂くことが多いです。 なので、結構僕は仕事で色々な場所へ行くことが
あり、その場所の風土や史跡に触れさせて頂くことが多くあります。

以前、丹波の国で建てさせて頂いた、S様邸。 サイドキューパの美しい家です。
Ssama tanba
このお住まいの調査で、色々行かせて頂きました。 丹波市は平成の大合併で
色んな場所に(旧町の各役場)に行政が分かれていました。 上水は柏原、下水は春日
法務局は氷上って感じで…

kaibara jinya
上水、建築関係を調査した際に見た柏原陣屋跡 織田家が幕末まで治めた場所らしく
そこら中に織田木瓜の紋がありました。


で、下水を調べに、旧春日町に行ったときに真裏に合ったお寺… 興禅寺です。
興禅寺
深い濠を巡らし、勾配の効いた石垣はどう見てもお城にしか見えない…
何と、この寺は、黒井城の下館で、明智光秀の丹波侵攻の後、この地を治めた
斉藤利三の築らしいです。

黒井城は戦国時代の典型的な山城で、普段から政務を行うには厳しいので下館を築きそこで
仕事をしていたようです。 

仕事中なので山城の上まで登ることは出来ませんでしたが、凄い寺(城)でした。
風土に触れるために旅行に行く時間は正直無いのですが、仕事先で触れる風土は
何ともいいものです。

建築が急激に進歩したのは戦国時代後期で、豊臣秀吉(黒鍬衆)や明智光秀や丹羽長秀の
成果とも言われています。 僕も頑張って素敵な家を建て続けたいと思います。

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お仕事の途中で…


おはようございます。 スウェーデンホーム場長です。 今日は朝は加古川でした。
帰り道にある安産の神様 日岡神社をすこし覗きました。(トイレを拝借ついでに…)
hioka shrine

長男の出産時に安産祈願にいったきりでしたので、超遅ればせながら、お礼も兼ねて…
そもそも、この神社の裏には 播磨稲日大郎姫のお墓があり、何と、日本武尊のお母様なんです…

播磨稲日大郎姫は景行天皇に嫁ぎ、ヤマトタケルを生むのですが、その際に安産祈願をしたのが
この日岡神社なんです。 そもそも出身がここ加古川なんですよね。 加古川から天皇の后か…
凄いです。

でも幾分にも古い話なので整合性に欠けてはいるものの、実際は当時の大和政権は磐石でなく
この加古川を吉備王朝との軍事境界としており、勢力拡大のための結婚だったと言う話です。
ヤマトタケルは九州に熊襲を討ち、出雲を討ち、東海道にも遠征し最期は亡くなってしまい
ます。 大和王権の勢力拡大の過程での勇将だったのです。

18年も前にお参りさせて頂いて以降、一度も足を運ばず失礼極まりなのですが、
播磨稲日大郎姫の陵墓も拝見してみようと思います。

倭は 国のまほろば たたなづく 
青垣山ごもれる 倭しうるはし


すうぇーでん


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most east meets east

こんにちは。 姫路で輸入住宅を扱っていますスウェーデンホーム場長です。
今日は、上司でもあり、グループ会社の社長でもある、ユーロヒュース徳永社長から
素敵な写メを頂きました。

DSC_0042-1_20121109132927.jpg

ユーロヒュースが分譲している、熊本郊外にある、フォレストヴィラ大将陣の由来です。
大将陣は熊本の西にある、金峯山の国立公園内の素敵な山間にあります。
町並み①
こんな感じのリゾート感漂う場所です。 
今はもっと建物も増えて、凄いいい街になっています。

で、どうしてここが大将陣何て場所なのか??? その由来が上の内容なんです。
大将陣の場所に神社がありそこの内容を送ってくださいました。

どうも、菊池公が鎌倉幕府に対し反旗を翻し、後醍醐天皇に味方する際の
心固め、又、この中では肥前勢と戦う際の本陣とありますね。
どうも、肥前勢と言うのは、鎮西探題の幕府軍のようです。

北方謙三氏の ”悪党の裔” 以降、南北朝に興味がある場長ですが、
元寇以降、九州の武力強化に乗り出した、執権北条氏がおいた幕府の
出先機関のようで、元寇以降、多大な出費や労力を捻出した九州の
御家人と、上方の北条氏との間で確執があったようです。

どうもこの菊池家13代武重公は文中にもあるように尊氏(当時は高氏)
と戦います(新田軍として)で、撃ったとありますが、戦いには負けます…
翌年、豊島河原合戦にて、高氏は新田、北畠連合に負け九州へ逃げます。

そこで我がご先祖、赤松円心が新田軍を播磨白旗城に釘付けにし、
その間に九州で体制を立て直した足利軍が再び東上してきます。

でその九州は福岡、多々良浜の戦いで、何と、高氏はこの菊池武重の弟、武敏を
破ります… 何とも不思議な縁で御座います。

結局、菊池氏も足利も幕府に対し不満を持っていたのは同じで、
共闘して幕府は破るのですが、その後、武家の棟梁、源氏の中でも
圧倒的な嫡流の足利源氏と傍系の新田氏、後醍醐天皇の専制とも言える親政と
それに抗う新たな武家の棟梁…

もう一回 ”悪党の裔” 読み直そうかな??

すうぇーでん

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