河内の国@スウェーデンホーム場長

ども、近畿一円で輸入住宅を扱っていますスウェーデンホーム場長です。
今日は、河内の国で営業でした。
大阪千里の展示場を加古川に引越ししていこう、大阪での営業も行きます

高速も整備され、長距離クルージングに強いマークXなので、はっきりって楽勝です。
14時からのお約束で、阪神高速が事故なし渋滞なしで、
予定より1時間も早く着いてしまった…

お客様の家の至近距離の お世話になっているO様邸にお邪魔してきました。
o sama house
O 様邸
O様邸は僕が手掛させて頂いた、HPの最初から登場して頂いており、何かとお世話になっています。
で、O様邸の前にある掲示板…

o sama house kanban
スウェーデンホームかわら版、最新号がちゃんと掲示してありました。
O様 いつも有難う御座います!!

外構も、技ありでマイチェンされていました…
今度ゆっくり話を聞かせていただこうっと…

仲哀天皇 御陵 前方
スンゴク時間があったので、目の前の仲哀天皇陵まで歩いてみました。(約200M)
前方後円墳なので、四角い方が前になります。
前方後円墳は姫路にもありますが、天皇陵ではないので、こんなしっかりと濠を
巡らせた御陵には 非常に感動します。

紅葉の御陵
紅葉した仲哀天皇陵。 綺麗でした。

仲哀天皇はかの有名なヤマト タケルノミコト(日本武尊)の子供で、
奥様は三韓征伐で有名な神功皇后(妊娠したまま新羅を攻めた人…)
子供は八幡宮の主祭神として崇められる応神天皇…

何と仲哀天皇のお婆ちゃんは、播磨稲日大郎姫
加古川からお嫁に行ってるんですね…
当時、加古川は吉備の国とヤマトの国境だった可能性が高く、
政略結婚とも取れる訳です。

で、仲哀天皇のオヤジ 日本武尊はご存知の通り、九州の熊襲(川上タケル)や
東征を命じられ、最後には死んでしまいます。

そんな、戦に明け暮れたオヤジの子供って事は、天下の統一はまだ出来てなかった訳です
よってヤマト王権が日本をまだ制圧しきっていない頃の天皇(大王)なんでしょうね。

で、彼の奥様が新羅を攻めてる位だから、当時の都はこのあたりだったんでしょう。
海に近い場所なわけです。 

随分後に、難波京から近江に天智天皇が遷都しますが、これは白村江の戦いで破れた
日本が、攻められやすい海岸線側から、防備しやすい内陸へ遷都したとも考えられる訳
ですが、この辺に都があったとすれば、防備よりも攻撃を重視しており、
当時のヤマトは拡大路線であったと考えられる…

そうなると、国内統一もしてない内から、朝鮮半島に行くわけですから、
ヤマト民族=大陸系騎馬民族って話が有力になるような気がします…

すいません、話が飛びすぎました。

で、商談も終わり、環状から3号神戸線で帰路につきました。
lexus is f
前を走るのはレクサス ISF コンパクトなISのボディに5000CC 423馬力の
スーパーセダンです。 で、後ろからはアウディのTTに煽られていた…

再々のセリフですが、季節の変わり目やちょっと遠方へ行くと風土や文化
移ろいが感じられ、営業をしててよかったな と思います。

さあ、打ち合わせのまとめを早くしないと!!

すうぇーでん
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