FC2ブログ

昨日の営業中に…

昨日は仕事で、飾磨区都倉に行ってました(僕の同姓の村ですな)
で、抜け道に通ろうとしたら、この寺に鉢合わせました!!
亀山本徳寺 全景
亀山本徳寺。 僕の通勤路なんですが、飾磨街道に面してるので、ちゃんと見ることは
あまりありません。 でも凄くでかい寺なのです。 本当にでかい(兵庫県一らしい)

そもそも亀山本徳寺は英賀にあった寺で、それが羽柴秀吉によって、この亀山に移築されたのです。
英賀城=城塞都市で、当時今より海岸線は陸に入ってきており、島のようになっており、
非常に防衛しやすくなっていたようです。 まるで、ベネチアですね。
まあ、亀山本徳寺の大親分、石山本願寺もそうですから…

で、英賀にあった本徳寺は、当然一向宗だから信長に反旗を翻すわけです。
一向衆=石山本願寺だから、信長 VS 本願寺&毛利連合ってことで、
局地のみを捉えたら、 秀吉 VS 三木城の別所&英賀城の三木(ややこしい)後ろに毛利なんです。

が、木津川の戦いで、毛利軍が織田に大敗してから、制海権も奪われ一向軍に兵糧の補給が無くなり、
石山本願寺降伏→三木城秀吉に降伏→英賀城降伏って事になるわけですが、城塞都市みたいな英賀保を
おいて置くと、反乱分子に成りかねないので、秀吉はその遺構をこの亀山に移す訳です。

流石は城塞都市の遺構だけに城のような櫓もあります。
太鼓櫓
この寺には英賀城の移築もあったと聞きますが、こんな処に篭られたら大変ですよね…

五三の桐
寺には 五七の桐の紋が使われていました。 これは秀吉の威光を示すものなのか???
夕方に通ったので、寺の門は閉まってましたが、中には凄い伽藍があるんでしょうね。
秋になって気候がいいせいか、普段気にもならない風景が凄く気になります。

司馬遼太郎が播磨灘物語を書いてながら、実は自分の先祖は一向宗で、三木城に立て篭もって、
官兵衛に反旗を翻してたって話があり、それも一興だと思いましたが、僕のご先祖様も
赤松氏の傍系らしいので、僕の大好きな秀吉様に反旗を翻してたんでしょうね…

秋の心地よい空気を味方にして働きます。 

すうぇーでん
スポンサーサイト



テーマ : 仕事日記 - ジャンル : 就職・お仕事

コメント

華麗なる一族、万俵家の菩提寺としても登場しますね。山崎豊子さんもそこを拠点に取材してたらしいです。新撰組とも縁があるみたいでロマン感じるパワースポットやね。

みたいよ…

そうなんですね… 又知らなかった…
中に入ってみたいですよ。

正月、又いってみませう
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する