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三木市 三木氏 スウェーデンホーム

今日は朝から三木で現場調査でした。
三木には担当させて頂いたお客様も多々あり、素敵な町です。

三木市役所に調査に行ったついでに…
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三木城城主 別所長治公のお墓に行ってきました。
とは言っても、三木市役所は、三木城跡にあり、行くと言うより隣なんです。
(決してサボっている訳ではない…)

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別所長治は、三木城城主にて、羽柴秀吉に攻められ、家臣の安堵を条件に自刃します。
かの有名な三木の兵糧攻めです。

別所氏は秀吉の播磨平定に当初従いますが、秀吉の毛利との合戦、上月城攻城中に毛利方に
寝返ります。 その後、摂津の荒木村重までもが毛利に寝返り、補給線を断たれた秀吉は
一気に姫路まで退却、危機に陥りますが、荒木の逃亡により、三木城攻城に集中。

毛利からの援助の兵糧は魚住城に上げられ、加古川から美濃川へ入り、城に運ばれてましたが、
信長に第二次木津川口の戦いで大敗以降、徐々に補給も無くなり、最期は兵糧攻め…
そんな縁起絵巻が城跡にありました。
三木城縁起絵巻
三木城縁起絵巻 (1)
彼の辞世の句は
今はただ 恨みもあらじ 諸人の 命に変わる わが身と思えば
です。 大将はつらいですよね。

で、やや離れた場所に、秀吉の最強の軍師の、竹中半兵衛の墓があります。
半兵衛の墓
僕の大好きな武将です。
半兵衛は秀吉の最強の軍師として、秀吉に仕え、浅野攻め以降数々の武功
を上げますが、家臣の教育にも徹し、秀吉の最強の弟にして右腕の秀長に兵法や読み書きを教え
(そうでないと百姓だった秀長が一気に頭角を現せない) 後の加藤清正や福島正則を育てます。

そして、三木城攻城中に結核が悪化し、京都に養生しますが、
”戦場にて 死ぬる事こそ 武士の本懐” と三木城攻城の平井山の付城に戻り、
佐久間信盛の更迭や荒木の裏切り、別所の裏切りによる信長の疑心暗鬼をかわすべく、

信長の四男 於次丸 信勝を秀吉の養子とし、信長と秀吉の利害を一致させる策を与え、
この策を最期に三木城攻城中に病没します。 そしてその墓所がこの半兵衛の墓です。

半兵衛の墓は、三木城を睨む位置にあり、まるで、死後も五丈原を睨み続ける諸葛孔明の墓の
ようでした。

諸葛亮亡き後、蜀の国は一気に崩壊しますが、秀吉は半兵衛の盟友にして最強の左腕、
黒田官兵衛の有岡からの帰還もあり、サクセスストーリーをばく進していきます。

官兵衛は荒木村重に捕えられた際、荒木方に官兵衛が寝返ったと見られ、
彼の子供は処刑されそうになったのですが、半兵衛が咄嗟に自領の美濃菩提山に匿います。
その半兵衛に応えるべく官兵衛は頑張るわけですが、実は半兵衛のこういう人間味に
応えたわけです。 

僕の大好きな戦国時代の漫画 センゴク にも半兵衛は登場します。
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センゴクも今から播磨平定に進みます。 官兵衛の登場が待ち遠しいです。
僕も木綿 藤吉郎と言われた秀吉くらい働かないと!!


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