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備中の伝説に独自のウンチク@スウェーデンホーム場長

昨日の続きで、 ”倉式”の内容から…
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吉備の国の事ですが、鬼の城のことについて云々…

鬼の城… 僕が岡山に居るときに地元のF主任が、鬼が居た所と教えてくれました。
鬼の城
古代の体をなす城で、城郭は勿論ありません。

天智天皇2年(663年)の白村江の戦いに倭国が敗れた後、
唐・新羅の侵攻に備え築城したと考えられている。

日本書紀などには西日本の要所に大野城など12の古代山城
(朝鮮式山城)を築いたと記されており、鬼ノ城も防衛施設の一つであろうと推測される。

しかしどの歴史書の類にも一切記されていないなど、
その真相は未だに解明されていない謎の山城である。
史書に記載が無く、12の古代山城に該当しないものは神籠石系山城と呼ばれる。


っていう話も、前回の岡山に吉備の穴海があったとすれば今の位置に、前身基地があっても
おかしくないのです。

事実、天智天皇は新羅からの侵攻に備え、難波宮から近江に都を移し海岸からの攻撃に
備えています。

でもここに凄く興味深い神話の話があり、桃太郎の鬼退治のベースになった話です。


温羅伝説
温羅伝説とは、吉備地方に残る、桃太郎話のモチーフとなったといわれる伝説である。

古代吉備地方には百済の王子と称する温羅(「うら」または「おんら」)という鬼が住んでおり、
鬼ノ城を拠点にこの地方を支配し悪行を行っていた。

吉備の人々は都へ出向いて窮状を訴えたため、
これを救うべく崇神天皇は孝霊天皇の子で四道将軍(よつのみちのいくさのきみ)の一人
吉備津彦命(きびつひこのみこと)を派遣した。命は現在の吉備津神社の地に本陣を構えた。
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温羅に対して矢を1本ずつ射たが岩に呑み込まれた。
そこで命は2本同時に射て温羅の左眼を射抜いた。
温羅が雉に化けて逃げたので命は鷹に化けて追った。

更に温羅は鯉に身を変えて逃げたので吉備津彦は鵜に変化してついに温羅を捕らえた。
こうして温羅を討ったという。それぞれの伝説の地に矢喰神社、
温羅の眼の血が流れた血吸川、鯉喰神社が存在している


どうも温羅は目が青く、背が高く毛が赤い(正に西洋人)

温羅は製鉄技術をもたらし吉備を治めた技術者であり豪族ではないかとされる。
また、血吸川の川の赤さは鉄分によるものであろう。
吉備地方は古くから鉄の産地として知られ「真金吹く吉備」と呼ばれていた。

実際、鬼ノ城の東麓には日本最古級の製鉄遺跡が存在する。

って事で、僕がお客様のM様から聞いた話ですが、”たたら場”なんて製鉄場を言ったように、
製鉄の技術を日本にもたらしたのは ”タタール人” らしいのです。
M様曰く、吉備地方は古くから製鉄技術があり、山の木を大量に使ったからハゲ山が多いって…

その製鉄技術を手に入れたく、ヤマト王権から、吉備王権を討伐すべくやって来たのが
吉備津彦… 彼は、温羅を倒した後、吉備津彦の名を頂きます。

まるで日本武尊が、熊襲の”タケル”を倒した後、タケルの名を貰うように…

結局、日本が律令国家として成立したのは本当に大宝律令公布後くらいで、
それまでは、このような吉備や 熊襲 蝦夷 出雲などがまだまだ乱立していたのかも
しれません。(歴史家 場長 談)

でもこういう太古の神話が今に息づいている吉備の国。
凄いところですよね。

吉備路にはロマンが一杯!!
鬼の城:  新羅への前身基地とも鬼の居た城とも…
吉備津神社:吉備津彦を祭った神社

吉備の国分寺、備中松山城、最上稲荷…

またゆっくり行きたいものです。






すうぇーでん
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