昨日、垣間見た歴史

おはようございます。 スウェーデンホーム場長です。 昨日は波乗りに四国に行ってました。
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朝は、メジャーポイント生見で入り、その後、宍喰。 豪雨の中のサーフィン…
その後、シークレットに行きましたが、波なし… 

で、帰り道(四国~鳴門大橋~淡路~明石大橋~バイパス)に淡路を覗いてみました。
その帰りの道で、とあるナビを見つけました。

淳仁天皇陵です。 あれ? どうして天皇陵が淡路に? と思いまして…
junninn tennnou
淳仁天皇は、天武天皇の息子、舎人親王の息子で、孝謙天皇と重祚して称徳天皇に成る間の
天皇で、高校の歴史では、道鏡に絆されて重祚する程度にしか習いません。

でも実際は、聖武天皇の死後の光明皇后、その娘の孝謙天皇、それに混ざる藤原氏
(光明皇后の親は藤原不比等、兄弟は藤原4兄弟)、道鏡、あとは、遡って
天智天皇と天武天皇の血肉の争いに端を発しています。

淳仁天皇は天武系で、この頃は天智系天武系が入れ替わり立ち代り… 最終、桓武天皇
(天智系)で落ち着くのですが… 深い兄弟の怨恨に皇族に取り入る勢力争い…
今も昔も同じと言えば同じですが…

で、淳仁天皇… は孝謙天皇(上皇)の後押しや、恵美押勝の乱で、権力の犠牲になり、
最後は淡路に流罪… で、淡路に御陵があるようです。

疫病や、権力争いなどが横行する中、聖武天皇は東大寺大仏造立の詔を発しますが
結局、藤原氏の台頭で一旦落ち着くわけです。

僕の私淑する弘法大師空海も桓武~嵯峨の時代に活躍刷る訳ですが、嵯峨に気に入られた以外
政治的争いには一切加わりません。 高野山も自ら民間の力で建てますし…

フラッと寄った場所にある歴史の横顔… それはそれで楽しいですね。
さて働こう!!


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